ロンドンVixen 60年代ー70年代のロックを聴く

60年代後半から70年代の黄金期を中心にロック名盤・名曲を聴く(時々乱読)

初めて買ったLPはムーディーブルースの『失われたコードを求めて』

f:id:londonvixen:20180910073525j:plain

 

おそらくですが、これは初めて自分で買ったLPレコードだったと思います。

ムーディ・ブルースに関しては以前『セブンス・ソジャーン』について記事をアップしました。

 

londonvixen.hateblo.jp

 

『失われたコードを求めて(In Search of the Lost Chord)は上記に先立つこと4年、1968年にリリースされた3枚目のレコードです。

童夢『セブンス』ほど洗練されておらず、いかにも60年代後半のイギリスらしいサイケデリックな風潮を反映した作品です。

今回は『失われたコードを求めて』の特色と魅力を語ってみたいと思います。

探し物はなんですか

というと井上陽水ですが、「何かを探し求める」というコンセプトがこのアルバムのテーマになっています。

このアルバムの邦題、プルーストを意識していますね。

さて「失われたコード」とは何でしょう。

ひとつには、「サテンの夜」のメガヒットのあとにバンドがこれからの方向性を模索していたことが挙げられます。


「自分たちだけで何ができるか限界まで試してみたかった」とメンバーがインタビューで語っていますが、前作のオーケストラに代えてメロトロンを導入したのみならず、ジャスティン・ヘイワードシタールジョン・ロッジはチェロ、レイ・トーマスオーボエ、とそれまで触ったこともない楽器を入れています。

どこに行き着くか分からないが、とにかく色んなことを試してみようという実験的な試みが見られます。

 

探していたのは音だけではなかったようで、各曲を通じて新しいこと、新しい体験への強い好奇心が見られます。

レイ・トーマス作の「ドクター・リヴィングストン(Dr. Livingston, I presume)」(原題は探検家スタンレーがアフリカで探していたリヴィングストンに邂逅したときの台詞「あなたがリヴィングストン先生ですよね」に由来)では、医師でアフリカ探検家のリヴィングストン、南極探検家のスコット大佐、航海者コロンブスの三人それぞれに何を見つけたのか、と問いかけています。

密林の蝶々の大群やシロクマ(実はスコットさんは南極、シロクマは北極(笑))アメリカ原住民は見たけどまだ探しているものは見つかっていないんだよ、という内容で子供の絵本のような楽しい畳み掛けがありますが、何を探しているのかは判然としていない。

ジョン・ロッジ「4枚の扉の家」では、4枚の扉を次々と開いていくとさまざな音や感情が現れてくる。

おそらくドラッグによる意識の解放の比喩でしょう。

スタジオ録音ではこの曲は2部に分かれていて最後の扉を開く前にティモシー・リアリーというLSDの提唱者でサイケデリック・ムーヴメントの象徴的人物を歌った別の曲が挿入されていることも、自己の可能性の追求がドラッグと無縁ではなかったであろうことを示唆しています。

しかし4枚目の扉を開いた主人公は、そこにかつて存在したであろう答えがなくなっていることを知り、永遠の混迷に陥ってしまうのです。

 


そして最後はお定まりというか、インド哲学に基づくスピリチュアルな方向に行っています。

最終曲の「OM」はAUM(オウム)とも表記され、あのオウム真理教を連想してしまうとイメージが悪いですが、もとはサンスクリット語で宇宙の創造・維持・破壊(解放)を意味し、高次のエネルギーとのコネクトするための呪文としてチベット仏教やヨガで使われているらしい。

 

1960年代後半。この時代には過去の価値観が壊され、若い世代は今までの世代になかった自由を手にします。何をやっても何を語っても何を着ても許される時代。
しかし同時に自由は旧来の土台を失うことであり、混沌とした中で若者たちはLSDやスピリチュアルを体験しながら新しい世界観を見つけようと模索していたのでしょう。
この模索の過程が『失われたコードを求めて』を貫くテーマと言えます。

 

ちなみに童夢(Every Good Boy Deserves Favour)』の原題の頭文字EGBDFが探した結果見つかったコード(和音)を意味しているという説もありますが、どうなのでしょう。AとCはどうした?

『Seventh Sojourn』「I'm just a singer in a rock and roll band」(結局自分はロックバンドのシンガーなんだよ)、結局そこが自分の居場所なんだよ、というのが一つの帰結に思えます。

ジョン・ロッジの2曲

このアルバムには各メンバーが2、3曲ずつ提供しています。

個人的にいいと思うのは、ジョン・ロッジ「ライド・マイ・シーソー(Ride My See-Saw)」「4枚の扉の家

 

私の中では最高傑作だと思う『Seventh Sojourn』「Isn’t Life Strange」や「Rockn' Roll Singer」といい、このアルバム収録の「Ride My See-Sawといい、ムーディーズの珠玉の作品群の中でもジョン・ロッジの曲は特に魅力を放っていると思います。

 

「Ride My See-Sawはバンドのステージでアンコール曲として定番になっています。
「自分は精神的自由を手にしたと思い、他の人にも同じ自由を味わってもらいたいと思った。でも難しく考えずにノリを楽しんでもらえばいい」とはジョン・ロッジ自身の言です。

グレアム・エッジ以外の4人全員がヴォーカルを担当。
ジャスティン・ヘイワードのギターのソロも好きです。
元気をもらえる曲です。

 


The Moody Blues - Departure/Ride My See-Saw

レイ・トーマスの大げさに腰を振る動作は止めて欲しいです。

 

前出の「4枚の扉の家」もいい曲です。

メロトロンのイントロに続いて、いかにも英国らしい節回しのコーラスで古い家の描写が行われます。

さらに古い扉が一枚また一枚と軋みながら開かれるたびに、初めてはアコギとフルート、次はチェンバロとチェロ、最後はメロトロンで出していると思われるオーケストラとピアノ、と劇中劇ならぬ曲中曲が現れるという意匠が楽しい。

 


The Moody Blues - House Of Four Doors


最後に

1960年代の終わりはアメリカはベトナム戦争、ヒッピー・カルチャーの時代でしたが、イギリスはベトナム戦争の陰もなく「Swinging Britain」「Swinging London」と呼ばれポップ文化の発信地になっていました。

ストーンズザ・フーキンクスもカーナビー・ストリートを代表とするロンドンのピーコック・ルック、モッズ・ファッションを身にまとい、レイ・トーマスが「当時は誰もが最高に楽しんでいた」という時代でした。

何もかもが新鮮でキラキラ輝いていた時代だったのでしょう。

残念ながらリアル・タイムで体験することはできませんでしたが、私が中学に入る頃はまだそこかしこにその片鱗が残されていました。

ムーディ・ブルースの『失われたコードを求めて』にはそんな時代に通じる懐かしさを感じます。

f:id:londonvixen:20180910075852j:plain