ロンドンVixen 60年代ー70年代のロックを聴く

60年代後半から70年代の黄金期を中心にロック名盤・名曲を聴く(時々乱読)

ピンク・フロイド『ウマグマ』の2枚目

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前回の『ウマグマ』の1枚目ライブ録音に続き、今回は2枚目、アビーロード・スタジオでの録音です。

この2枚目、リック・ライト、ロジャー・ウォーターズ、デイヴ・ギルモア、ニック・メイソンの順に4人のメンバーが一人ずつ書いて演じた曲が収録されています。

リック・ライトの「シシフォス組曲(Sysyphus)」

シシフォス(シーシュポス)はギリシャ神話の登場人物で、死を免れるために神々を欺き、その罰として巨大な岩を山頂に押し上げる苦役を与えられます。もう少しで山頂に届くという瞬間に、岩は重みのために麓まで転がり落ちてしまう。これが永久に続くという話です。

フランスの文学者カミュがこの神話の不条理をテーマにした「シシフォスの神話」という作品を書いており、ライトの曲はカミュの著作にヒントを得て曲を作ったとか。

 

リック・ライトは メロトロンオルガンピアノ電子ハープシコードエレキギタービブラフォンチューブラ・ベルズスネア・ドラムシンバルを担当。

アルバム・プロデューサーのノーマン・スミスティンパニゴングで入っています。 

パート1は短い序章で、これから始まる古代神話の始まりを告げるかのように、ライトのメロトロンによる弦と管楽器のオーケストラに加え、スミスのティンパニの音が物々しくとどろきます。

パート2はグランドピアノによる繊細でもの悲しい旋律から始まり、シンバルとともに前衛ジャズの様相を呈し、ドロドロという効果音とともに、シシフォスの救われない状況を表すかのような不協和音の洪水になっています。

パート3はパート2を受けて電子ハープシコードの不協和音と打楽器を中心に混沌とした塊です。後ろでファルフィッサなのかメロトロンなのか、しきりに不気味な音がします。

この辺り、例えるならばヒエロニムス・ボス(ボッシュ)のゴチャゴチャした絵画を見ているかのような不快感があります。

前のパートとは打って変わって静謐なストリングス(メロトロン)の牧歌的旋律と鳥の啼き声、せせらぎの音で始まるパート4。シシフォスの絶望的な世界にも明るい朝が訪れたかと思いきや、空を漂う暗雲。

たちまち暗転して不協和音で混乱した世界へ。

あたかも山頂へ到達したと思ったせつなに岩が瞬く間に奈落の底に転がり落ちるかのように。

最後はパート1のテーマに戻り、再び絶望的な物語は繰り返されます。

 

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ロジャー・ウォーターズの「グランチェスターの牧場(Grantchester Meadows)」

ピンク・フロイドの一つの特徴と言えるイギリスの田園風景を歌った曲、無条件に好きです。

ランチェスターはギルモアが生まれ育ち、ウォーターズも少年時代に過ごしたことがあるケンブリッジ市の郊外。

凍てついた風が吹く夜がさって、鳥が啼き霞みがかった朝が訪れる。
雲雀(ヒバリ)の声、雄狐の鳴き声。
カワセミ(Kingfisher)が水中に飛び込む様子。
緑色の川は木々の間を縫い、笑い声を立てながら終わりのない夏を、海に向かって流れていく。

イントロでは鳥の囀りと虻のような羽虫の音の効果音が使われ、続いてウォーターズの囁くヴォーカルが牧歌的な美しい詩を歌います。

ヴォーカルの重録でエコーがかかっているような効果。

クラシックギターはダブル録音で、一台はメロディを奏で、もう一台は装飾を被せている。ギターのフィンガリング・ノイズが心地いい。

途中川の流れる音や水鳥の羽ばたく音、遠くで吠えている狐らしい声が効果的に使われています。

最後にイントロで出てきた虻かハエのうるさい羽音が再び現れ、続いて人間の足音とハエ叩きを振り回す音、ついにバシッと命中した音と共に曲が終わるあたり、ユーモアのセンスが感じられます。

 

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カワセミの雄は派手な羽根色

 

続く「毛のふさふさした動物の不思議な歌(Several Species of Small Furry Animals `Gathered Together in a Cave and Grooming with a Pict)」もウォーターズの作。

これは曲というよりも効果音と音声の集合で、小鳥の囀り、アヒルのような家禽、ウシガエル、ネズミがたてるような音が聞こえますが、全てウォーターズが声とマイク、録音スピードの速度で作った音らしい。

「カムバック・アフー(多分違う)」のように聞こえる音声の繰り返しは洞窟の原人の祈祷のようです。当時としては前衛的で実験的な作品だったのでしょう。

タイトルのPictはスコットランドの原住民のこと。

後半はウォーターズの友人のスコットランド人ロン・ギーシンのスコットランド方言によるスピーチらしきものが入っていますが、最後の「Thank you」以外何を言っているのか全く分かりません。

 

デイヴ・ギルモアの「ナロウ・ウェイ(Narrow Way)」

それまで一人で曲を作ったことがなかったギルモアは自信がなく、ウォーターズに「せめて作詞ぐらいは手伝ってくれ」と頼んだところ、「それぐらい自分でやれ」とにべもなく断わられたという逸話が残っています。

そのギルモアはこの自作でヴォーカルアコギ、エレキギターベース、キーボード、ドラム、パーカッション、マウスハープ(Jew’s Harp)を一人でこなすという多彩さを見せています。

パート1ではブルースがかったカントリー調の曲。

アコースティック・ギターの重録で3本のアコギの演奏のように聞こえますが、そのうち1台がスティールギターがかった音を出しているのはボトルネックによるスライドでしょう。


このアコギをバックにエレキのスライド音やファズで歪んだ音が流星のように飛んできては消える。シンセサイザーのように聞こえる音はファルフィッサ・オルガンでしょうか。

軽いパート1に対してパート2は歪ませたギター、キーボード、ベース、パーカッションがユニゾンで重苦しいフレーズを繰り返すというイントロで始まります。

このフレーズが曲全体を覆う中、これもファルフィッサ・オルガンなのか、なんとも神秘的な音を出し始めます。


暗黒の宇宙空間に浮遊しているというイメージのピースで、結構好きです。

パート3のイントロのお経のようなコーラスはどうやらメロトロンらしい。

アコギをバックにけだるい囁きヴォーカルが心地いい。

これも重録でセルフでハモっていて、声にエコーがかかっているようです。


まさにピンク・フロイド、という曲で、この曲とグランチェスターはいきなり聞かされてもピンク・フロイドの曲だとわかるメロディと曲調です。

ちなみにギルモアとウォーターズは声質も歌い方も似ていますが、ニック・メイソンに寄れば両者のヴォーカルの判別は「音程が合っていればギルモア」だとか。(出典:市川哲史著「どうしてプログレを好きになってしまったんだろう」)

途中からベース、ドラムを入れてますが、器用だなと思います。

何重にも重ねて入れていってよくバンドが演奏しているように聞こえるものだと。

 


Pink Floyd - The Narrow Way

 

ニック・メイソンの「統領のガーデン・パーティ(The Grand Vizier's Garden Party)

パート1は当時の夫人リンディー・メイソンの美しいフルート・ソロとそれに続くドラム・ロールだけの短い曲。

これがガーデン・パーティの入口ということらしい。


パート2の冒頭は和太鼓に聞こえるティンパニのバチ打ち、雅楽を思わせる吹奏楽器(フルートに聞こえない)、おそらくテンプル・ブロックと思われるパーカッションで東洋的な印象。

やがてくぐもった途切れ途切れのドラム音と聖歌のようなメロディを奏でるこれもくぐもったフルートの音。

なんかガーデン・パーティというよりも冥界の亡者の饗宴のような。

地の底から響くドラムは収録事故のようにいきなり切れたり始まったり。
最後部はドラム・ソロでパーティのクライマックスとなります。

パート3はパート1と同じ旋律のフルートのみで、これがパーティの出口のようです。


終わりに

このスタジオ版についてはメンバー自身があまり満足していなかったようです。

レコード・コレクターズ誌には「(ウマグマが神秘の次のステップとして機能し得ず)一回休憩の印象がこのアルバムにはつきまとう」(2016年12月号)とまで言われています。

確かに寄せ集め的な印象はあるものの、この時代ならではの前衛的というか、それぞれ出せる音の限界を試しているような面白さとまだ若かったピンク・フロイドというバンドの可能性を感じさせるアルバムで自分的には悪くないのではと思います。


「グランチェスター」と「ナロウ・ウェイ」のウォーターズとギルモアのぼそぼそ囁くヴォーカルも一興で。

 

さて1970年のアントニオーニの映画砂丘(Zabriskie Point) 』ピンク・フロイド「51号の幻想」「若者の鼓動」「崩れゆく大地」の3曲を提供しています。

これも深夜映画で見た記憶だけはあるのですが、ピンク・フロイドの曲を待っているうちに映画がつまらなくて寝てしまったような。

この3曲は飛ばしてピンク・フロイドには次回は「原子心母」でお目にかかりたいと思います。