ロンドンVixen 60年代ー70年代のロックを聴く

60年代後半から70年代の黄金期を中心にロック名盤・名曲を聴く(時々乱読)

『CSN』はスティーヴン・スティルスの私小説?

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今晩は。倫敦きつね亭です。

このところ、これぞブリティッシュという作品が続きましたので、この辺でアメリカ西海岸に飛んでみたいと思います。

今日の名盤はCS&N(クロスビー、スティルス、ナッシュ)の、その名も『Crosby, Stills & Nash(以下CSN)』というアルバムです。 

このアルバムは学生時代に友人達がコピーしていたので散々聴いていましたが、あらためて通して聴いてみましょう。

今さら説明するまでもないですが、CS&Nは元バーズのデヴィッド・クロスビー、元バッファロー・スプリングフィールドのスティーヴン・スティルス、元ホリーズのグラハム・ナッシュの3人で編成されています。

この3人に同じくバッファロー・スプリングフィールド出身のニール・ヤングを加えたCSN&Yで出したアルバム『デジャヴ(Deja Vu)』とともに『CSN』は米西海岸ロックの歴史に残る名盤と言ってよいでしょう。

 

さて今日のお供は、懐かしのバーボン、フォア・ローゼズ(Four Roses)などはいかがでしょうか?

ハーモニー、ハーモニー、ハーモニー

CSNの魅力といえば、やはりハモリです。当たり前すぎると言われるかもしれませんが無視するわけには参りません。
何と言っても、スティーヴン・スティルスはあのジェリー・ガルシアにもハモり方を伝授したというから驚きです。
泣く子も黙るグレートフル・デッドのガルシアです。
ガルシアさん、『デジャヴ』収録の名曲「Teach Your Children」の特徴的なスチール・ギターを弾いているのも彼だと知ってまたびっくりです。

 

美麗なハーモニーはアルバム全曲を通じて随所で展開されるのですが、一押しは「どうにもならない望み(Helpless Hoping)」と「泣く事はないよ(You don't have to cry)」。

 

「Helpless Hoping」はアコースティック・ギターが一本のみの伴奏で、ハーモニーを聴かせるための曲と言っても過言ではありません。ぴたりと合った和音はときに鳥肌ものです。とくにリフレイン部分で、「They are one person, they are two alone, they are three together, they are for each other」の歌詞に沿って一人ずつ声が増えて被さっていく演出がニクい。

 

「You don't have to cry」は、アコギとベース、パーカッションを使ったアップテンポの軽快な曲。ここでも3人は一糸乱れることなく見事なハーモニーを聴かせます。この曲はさらに左右のスピーカーから来るギターの音が呼応しあってキラキラと美しい。


スティーヴン・スティルスのベース


初めて「青い眼のジュディ(Judy Blue Eyes)」を聴いた時、てっきりベーシストはスタジオ・ミュージシャンを入れているのかと思いました。ガンガン目立ってはいるけどセンスのいいベースだな、と。

ベースを弾いているのがスティルスだと知って、へえーという印象です。この曲はベース・ラインだけを追っていっても面白い。ただしベース音が耳に残りすぎて他の楽器とボーカルがほとんど入ってこない可能性があります。


「木の船(Wooden Ship)」のベースも面白い動きをしています。ブルース調の曲で多分スティルス自身が弾いているであろうブルース・ギターのソロとベースの絡み方がめちゃくちゃカッコいい。


「Long Time Gone(ロング・タイム・ゴーン)」は上記に比べると動きの少ないベースです。ベトナム戦争の激化、パレスチナ問題、各地の暴動という時代背景の中で、変革をしてくれるのではないかと期待したロバート・ケネディ上院議員も凶弾に倒れた。失意と怒りの中で書かれた「夜が明ける迄にはまだ大分時間がかかるだろう。だが、いつも夜明け前が一番暗い」というクロスビーの曲の中で、ベースの引き摺るような重低音が曲調の重苦しさを増幅しています。


青い眼のジュディ


ジュディとはシンガー・ソングライターのジュディ・コリンズで、当時スティーヴン・スティルスの彼女だった女性です。


写真のように青い瞳が非常に魅力的で、今ではもう80歳近いお年ですが年相応の美貌と気品を保っておられます。

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下世話な話をしますと、当時精神的に不安定で摂食障害などに悩んでいたジュディ・コリンズに恋人だったスティルスは何とか克服してもらおうと手を差し伸べようとした。

しかしジュディからは放っておいてくれという態度をとられてしまう。

そうこうしているうちにジュディは知人の俳優と恋人同士になりスティルスの元を離れてしまう。ちなみに当時ジュディは30歳、6歳年下のスティルスはまだ24歳の若さでした。


とても魅力的だが若い彼には荷が勝った存在の恋人との別れが当時のスティルスの音楽面に大きな影響を与えたのは明らかで、CSNに彼が書いた曲は「青い眼のジュディ」をはじめ「泣く事はないよ」、「どうにもならない望み」、「49 バイ・バイ」と4曲がすべて恋人との別れ、あるいは分かれるまでの葛藤を書いた作品になっているんですね。


「青い眼のジュディ」はまさに破綻直前のスティルスの心理を生々しく表現しています。もう自分には無理だ、苦しい、寂しい、だけどどうにも出来ない、でもまだどうしようもなく愛している。もう結論は出ているのに、I am yours, you are mineと言わずにはいられない。あなたは自由になれるけれど自分は心が壊れてしまいそうに苦しい。


リズム・ギターとベース、エレキギターで軽やかに走る第一部から途中ドラムス、パーカッションが加わり、転調があるものの曲に重苦しさはない。曲自体単調でドラマティックな部分もない。

しかし歌われている歌詞はグズグズと泣き言を引き摺っております。

私がジュディ・コリンズだったら、元カレが自分を名指しした歌詞など発表したらそれだけで逃げ出したくなるに違いありません。それでもこの曲のデモ・テープ作成の間、コリンズがスタジオに同席していたというのだから、アーティスト同士というのは感覚が一般人とは違うのかもしれませんね。


さてこのお二人、時が苦い経験も醸成させたのでしょうか、近年は一緒にコンサートなど音楽活動を行っているようで、ウェブには人のよさそうなおじちゃん化したスティルスと美貌のおば様のコリンズさんが腕を汲んでいる写真も散見されます。

今年9月にはStills & Collinsというアルバムも発売になります。

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まとめてみると


このアルバムのテーマは何なんだろうと考えますと、確かに「Long Time Gone」や「Wooden Ship」のような政治的なメッセージ・ソングがある。

マラケシュ行急行」や「島の女」のような異国情緒で現実逃避的な歌もある。

が、通して聴くとどうしても印象に残るのは、スティーヴン・スティルスが書いた恋愛の辛さや葛藤、破綻の苦しみを描いた4作品です。

それも時間の経過を経て昇華して抽象化した作品というより、一人の個人を対象にしたリアルタイムのいわば生々しい私小説というか日記のような曲なんですね。


また演奏面でもスティルスはナッシュとクロスビーと比べて多くの楽器・楽曲で参加しており、どう見てもスティルスのほうが目立っている。アルバム貢献度において3人はイコールではありません。


CSNは3人のスターによるスーパーグループの作品というよりも、スティルスの私小説を中心に他の二人が自分の曲をはめ込んでつくったアルバム、そんな印象を受けてしまうのです。