ロンドンVixen 60年代ー70年代のロックを聴く

60年代後半から70年代の黄金期を中心にロック名盤・名曲を聴く(時々乱読)

ELP の『恐怖の頭脳改革』(Brain Salad Surgery)

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久々にELPです。

 

『恐怖の頭脳改革』エマーソン・レイク&パーマーELPの4枚目のスタジオ録音で1973年のリリース。

このトリオの最盛期の最後を飾るアルバムと言われます。

私はこのアルバム収録の「聖地エルサレム」のおかげで大学の卒論にウィリアム・ブレイクを選んだレベルのミーハーですが、このアルバムを聴くのは久しぶりです。

ちなみにジャケットは、見る角度によって頭蓋骨になったり目を伏せた女性(画家の妻)の肖像になったりする作りになっていますが、当初はもっと露骨に卑猥なデザインだったのがレコード会社に却下されたためエアブラシで修正したとか。

『聖地エルサレム』(Jerusalem)

もともと讃美歌で英国では「第二の国歌」と言われるほど浸透している曲です。
作詩は前述のウィリアム・ブレイクで、『Milton(ミルトン)』という詩集に収録されています。(ちなみに神秘思想家の詩人・画家であるブレイクは大半の詩が歯が立たないほど難解で卒論のテーマとしては無謀でした)

教会のパイプ・オルガンを思わせる仰々しい響き、最初はオルガンだと思っていたら、ムーグ社のアポロ・ポリフォニック・シンセサイザーで、和音を奏でるシンセサイザーが使われたのは世界でこの曲が初めてらしい。

聴いている方が気後れするぐらい仰々しい響きによく合うパーマーのドラム・ロール。
グレッグ・レイクの神々しさすら感じさせるヴォーカル。
さらに敬虔な気持ちを誘う鐘の音。
後半の渦巻くようなキーボード。

讃美歌隊の子供たちが歌う「聖地エルサレム」もイギリスらしくて可愛いのだけど、「燃える黄金の弓を持ってこい、渇望の矢を持ってこい。槍を、炎の戦車を。私は戦いをやめない。この緑の美しいイングランドの地に聖地エルサレムが築かれるまでは」という迫力のある歌詞にはELPヴァージョンがぴったりに思います。

1曲目を聞いてすぐに「ああ、やっぱりELP好きだ」と思います。

ちなみにBBCが神聖な曲を茶化している、という理由で放送しなかったためもあり、シングル・カットされたにも関わらずチャート・インは果たせなかったらしい。

 

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トッカータ(Toccata)』

プログレの、特にELPの曲の楽しみの一つにクラシックの楽曲のアレンジがあリます。

展覧会の絵はもちろん、『市民のためのファンファーレ』、そしてプロコフィエフ『スキタイ組曲ー邪神チェボークと魔界の悪鬼の踊り』

この「トッカータ」はアルゼンチンの作曲家アルベルト・ジナステラ(ヒナステラピアノ協奏曲第一番第4楽章からのアレンジで、Youtubeを見るとフルスケールのオーケストラをバックにしたピアノの演奏が聞かれます。

が、そのコメント欄を見るとELPの方が断然いい」「ELPのバージョンの圧勝」といった各国語のコメントで埋め尽くされているのが笑えます。

アルバム収録の許可を得るためジナステラ本人の元を訪れたエマーソンの前で彼は唖然として、「なんと悪魔的な」と言ったそうです。


もうダメかと思ったエマーソンに、彼は「これほどこの曲の本質を捉えた演奏は初めてだ!」と絶賛しその場で許可を与えたと言います。


原曲自体が嵐の中を駆けずり回っているような曲ですが、ELP版はさらに嵐の中で魔物がビュンビュンと飛びかかってくるような暗さがあり、まさに悪魔的でエキサイティングなバージョンです。

聴きどころは中盤のカール・パーマーのドラム・ソロでしょう。
ゴングの効果も嵐の中で教会の鐘がなっているようなベルの効果も生かされています。

この曲では工学部学生の助けを借りて「ドラム・シンセサイザーなるものが初めて演奏されています。

ドラム内部に取り付けたマイクから信号をシンセサイザーに音を送って変形させるもので、「この曲で誰もがキーボードと思っているバックの音がドラムで演奏されている」とはエマーソンの言。

ドラム・ソロのバックのグアアン、ゴーゴーと風が唸っているような音。そのあとのウワー、グワーと沼の底から邪気が浮いてくるような音もドラムなのでしょうか。

ドラムに限らず、キーボードもベースも非常に面白いアレンジ、文句ない迫力で、ジナステラさんが高く評価されるのも無理はない、と言う印象です。

この曲に続いて、グレッグ・レイク「スティル・ユー・ターン・ミー・オン」キース・エマーソン「用心棒ベニー」が収録されています。

グレッグは弾き語りのメロウな曲も得意ですが、メンバー全員による密度の高い曲とのバランスのために入れている、と言っています。

シングルのB面あたりに入りそうな耳障りのいい美しい曲ですが、カールが参加していない、またELPの代表として出す作風ではないから、と言う理由でシングル・カットされていません。


悪の教典 9(Karn Evil 9)』

貴志祐介さんの小説のような邦題ですね。

原題は色々変遷した結果、曲を聞いたピート・シンフィールドが「まるでカーニヴァルだな」とコメントし、「カーン・イヴル=カーニヴァルという言葉遊びでつけたらしい。

キング・クリムゾンに詩人として参加したシンフィールドは、このアルバムでも「用心棒ベニー」と「悪の教典(第3印象)」の作詞に貢献しています。

3部編成で第1部は2パートに分かれておりLP盤では表裏にまたがっています。

全編がエマーソンの作曲によるもので、彼の圧倒的な創造力と構成力に驚嘆すると同時にベース、ドラム、パーカッションで肉付けを行なってELPの音にしていく他2名の作業にも感服します。

Youtubeにアップされている貴重なリハーサルの映像ではエマーソンレイクパーマーに注文を出していて、二人が協力している様子が伺えます。

最盛期の彼らの舞台裏が覗ける面白い映像ですが、インタビューなどを見ると3人のエゴがぶつかり合うことも多かったようです。

 


Emerson Lake & Palmer rehearsing Karn Evil 9


第1印象パート1では、エマーソンが終始オルガンとシンセサイザーを同時に弾いていて、その速いスピードにベースとドラム、ヴォーカルがぴたりとはまって走っていく快感があります

まさにELPの王道の音、という印象のパートです。

ところどころのソロ、オルガンが奏でるメロディーの美しさも特筆に値します。

 

パート2は 起承転結の承にあたり、歌詞は前パートで勧誘していた支離滅裂な見世物にここでも再び勧誘しており、演奏も前パートのモチーフが繰り返されたり、最終パートに繋がるようなモチーフが出てきたりします。

このパートの半ばのジャズ色の濃い部で分のオルガンとムーグのソロが印象的。
映像で見ると体の両側に置いた右手でオルガンと左手でムーグを操っており、そういえばキース・エマーソンってこういうポーズで弾いていたなと妙に懐かしい。実物を見た訳ではないのですが。

第2印象インストゥルメンタルでジャズ・ピアノにパーカッションが入る前半、ピアノ、シンセサイザー、ベース、パーカッション、ドラムで前衛音楽を思わせる後半で構成されています。インプロヴィゼージョンでやっている部分が多いのではないかと思います。

第3印象では大団円ともいうべき勝利の歌をグレッグ・レイクが高らかに歌っています。

ピート・シンフィールドの詩は暗喩的で何に勝ったのかは判然としませんが、ここでコンピュータが敵対者であるかのように登場するのが面白い。人間の創造物の支配からの人間の解放を歌っているのでしょうか。

アルバムの冒頭の「聖地エルサレムでブレイクが書いた「(産業革命による)暗くて悪魔的な工場群」に聖地エルサレムを築くため戦うのだ、というフレーズに対応するかのように「喜べ、勝利は我らが手にある。若者の死は報われた」という歌詞が出てきています。

しかし、おそらく勝ったというのは甘い錯覚なのでしょう。

コンピュータ音声に加工した「私はお前自身だ(I am Yourself) 」という歌詞、曲の最後に残る行ったり来たりする電子音が皮肉な効果をあげています。

ちなみに「誰も崩れるなどど思ってもいなかった壁が塵と化す」という歌詞、このアルバム制作から16年も後のベルリンの壁の崩壊を予言しているとしか思えません。

第3印象は曲のメロディーも素晴らしく、勝利のトランペットのように高らかに鳴り響くオルガンも、レイクのテノールの朗々とした美声も劇的な効果を盛り上げています。

 


Karn Evil 9 - Emerson, Lake & Palmer

 

Karn Evil 9全体を通して聴いてあらためて思うのは、エマーソンが作曲家として並々ならない才能を持っているということです。

しかしその一方で、表現する方法としては3人が担当する楽器しかない。
エレクトロニクスを駆使しても限界がある。

オーケストラを導入したツアーを始めたのも可能性を追求するためでした。

それが財政的な打撃となり、バンドは徐々に坂道を転がり落ちていく。

そしてロック史上未曾有のバンドが「Love Beach」という未曾有に陳腐な作品を出すに至ってELPの凋落は壊滅的なものになってしまいます。

しかし60年代終わりから70年代前半にELPという偉大なバンドが君臨したことは、自分にとっては奇跡としか思えないのです。
     
(ブログ始めたばかりの時に書いた「展覧会の絵」の記事もよかったら見てください。)

londonvixen.hateblo.jp