ロンドンVixen 60年代ー70年代のロックを聴く

60年代後半から70年代の黄金期を中心にロック名盤・名曲を聴く(時々乱読)

「シリアだよ」

今晩は。ロンドンVixenです。
今回は表題を無視して音楽と関係ない話です。


私はサンフランシスコの郊外にある専門商社で人事の仕事をしています。
人種も気質も雑多な人たちが働く小さな職場です。

 

「兵役に志願したので休暇を取りたい」
数日前に倉庫係のCが私のところにやって来てこう言いました。

 

腕に入れた刺青は迫力があるけれど、仕事熱心な上に気さくでフレンドリー、直属上司の評価も高い20代半ばの若者です。
会社のパーティーで音楽の話になり、高校時代にドラムを叩いていたCはザ・フーキース・ムーンが好きらしく話が盛り上がり、世代の違う私とも気軽に話をするようになっていました。

 

米国では入隊を奨励するために、兵役休暇という形で5年以内であれば企業が除隊した人を同じ職務で受け入れなければならないという法律があります。

3年間今の職場を離れて兵役に就く、と彼は言うのです。

たまたま同じ部屋にいた経理担当者が「海軍、空軍?」と聞くと「陸軍(Army)」との返事。

そういえばCの前職は武器所持を許されている警護員だったというのを思い出しました。武器を手にすることに違和感はないのかもしれません。

来週には最終の身体検査を終えて外国に赴く、と言います。
何の気なしに「外国ってどこ?」と問いました。
「シリアだよ」
返答は軽やかな、まるで「これからスタバでコーヒー買ってくるよ」とでもいうような口調でした。

 

唖然としたまま私は、同じ状況にいたら多くの日本人が示すであろう反応を示していました。
「何でまたシリア?」と。


なぜそんな危険な地域に行く仕事を志願したのか、という意味です。多少とも咎めるような口調になっていたかもしれません。

 

Cは私が発した言葉をを誤解したようでした。
「場所は選べないから」とちょっと困ったような顔。
釈然としないまま邪魔が入り会話は中断されました。

 

身を危険にさらすような兵士になぜ志願したのか、と直截に疑問をぶつけていたら彼は何と応えたのでしょう。
アメリカ国民としての使命感と自負?
刺激?
それとも後で誰かが憶測で言っていたように金銭的な報酬が魅力的なのか?

命の保証がない任務に志願する動機というのを想像するのは容易くありません。

 

いやシリアの中でも最危険地域ではないのかもしれません。
しかし戦闘地域です。地上部隊です。
テロに遭遇する可能性も化学兵器に見舞われる可能性も、ここサンフランシスコ郊外の産業地区よりも遥かに大きいと思われます。

 

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恐怖は全く感じないのでしょうか。
親や兄弟、友達は良かったね、と祝福したのでしょうか?
アメリカ人にとって兵役経験者は少なくとも表向きはリスペクトの対象になっています。
なぜ志願するのか?という問いは愚問に聞こえるかもしれません。

 

随分前ですが、ベトナム戦争時代に若者だった世代の人と話す機会がありました。
その人いわく、「友人の多くは兵役を免れるためならあらゆる手を使った。狭い部屋で数日間タバコを大量に吸って身体検査で咳き込んで見せた奴もいる」

本当かフィクションかは分からないけれど。

 

当時すでに泥沼化していたベトナムと、シリアでは状況も違うでしょう。
徴兵と志願ではモチベーションも全く違うでしょう。
しかし自分の命よりも大事な大義を信じることができる人間が今の世の中にいるとしたら私にとってはかなりの驚きです。

 

今の日本では自衛のための戦闘を是とする声が多く聞かれます。
足枷になっている憲法9条改憲すべしという意見がすでに多数派かもしれない。
それについてここで是非をいうつもりはありません。
ただ、ニュース記事の中の数字に過ぎなかった戦闘員がある日、肉体と声を持つ生身の人間、自分の身内や知人になるかもしれない。
そんな時、自衛隊員でもなく自ら志願して「来週、戦争に行ってきます」という若者が日本にどれだけいるのでしょう。

 

Cが見せてくれた入隊許可にはお決まりのように「おめでとう!(Congratulations!)」の文字が大きく踊っていました。
Cを乗せた兵士輸送機が中東の上空に入る時、意気高揚に胸が高鳴るのか、あるいは初めて恐怖が現実になるのか、私には知るすべもありません。
ただ彼が無傷で3年の兵役を終え、倉庫の仕事に戻る日を待つのみです。