ロンドンVixen 60年代ー70年代のロックをひたすら聴く

60年代後半から70年代の黄金期を中心にロック名盤・名曲を聴く

ピンク・フロイドの映画音楽「モア」

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今晩は。LondonVixenです。

さて「夜明けのパイパー」、「神秘」ときた進んで来たピンク・フロイドですが、今回はサウンドトラックの「モア」です。
映画「モア」はバルベ・シュローダー監督の1969年のデビュー作。

 

ヒッチハイクでパリにやって来たドイツ人学生のステファンは、知り合ったばかりの友人に連れられて行ったパーティで魅惑的なアメリカ人女性エステルに惹かれる。
彼女はドラッグ常習者だった。
エステルの後を追ってイビザ島に渡ったステファンは、そこで彼女が島の有力者で麻薬組織の親玉ウルフの愛人であることを知る。
二人だけの生活を求めて、ステファンはエステルを連れて島の反対側に逃避行をする。
青い海、島の白い建物を背景に繰り広げられる麻薬とセックス三昧の日々。
粗野だが純朴な青年ステファンはエステルの影響で筋金入りのジャンキーと変貌していく。
そんな刹那的な毎日が永遠に続くはずもなく、物語はやがて破滅的な終局へと走り始める。

イビザの美しい島と海をバックに全体に流れるのは気だるさ、物憂さ、頽廃、救いのない空虚感です。

60−70年代のイビザ島はヒッピーやジャンキーの溜まり場だったのでしょう。

シュローダー監督は俳優達に本物のLSDマリファナ、ヘロインを使わせてドラッグのシーンを撮ったらしい。今から考えると信じられない話ですが。

 

CD「モア」のジャケットは、いきなり現れる風車に向かって、ステファンがドラッグがもたらす昂揚感とともにドン・キホーテよろしく立ち向かって行くシーンです。

アルバムの曲順は映画のシーン順ではありませんが、ここでは映画のシーンごとに聴いて行くことにしましょう。

長文になりますので飛ばしていただいて全然構いません(笑)

 

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ヒッチハイクでパリへ〜モアの主題(Main Theme)


冒頭のステファンがヒッチハイクで拾ってくれる車を待つシーンで流れるのがこのインストゥルメンタルモアの主題」

この映画の不穏な先行きを暗示するかのように、ファズを効かせた暗いオルガンが背景を塗りつぶす。ベースとドラムは「神秘」に似たフレーズを繰り返し、上に乗ってくるスライド・ギター、オルガンも不安をかきたてるようなコード進行。
初期のフロイドらしいサイケな音ながら、バッド・トリップしそうな居心地の悪さをあえて出すことに成功しています。結構好きな曲です。

 

さて拾ってくれた車に嬉々として乗り込んだ主人公はパリに向かいます。それが破滅への第一歩とは夢にも思わずに。

パリで知り合った悪友のチャーリーとパーティへ。
パーティ会場で流れているのは「ナイルの歌(The Nile Song)」。

フロイドにしては珍しいヘヴィー・ロックです。ロジャー・ウォーターズが作詞作曲、デイヴ・ギルモアがつぶれた声で歌っています。後半のギターソロがいい。

 

このパーティでステファンは不思議な魅力を秘めた金髪女性エステルと出会います。
ファム・ファタル、魔性の女エステルの登場です。
以前から彼女を知っているらしいチャーリーは暗に彼の気をそらそうとしますが、ステファンはお構いなしにエステルに魅せられていきます。


奔放な女と初めてのマリファナ〜シンバリン

エステルのバッグからチャーリーがくすねた金を返す口実でステファンはエステルのアパルトマンを訪ねます。

エステルがステファンの目の前で全裸になって着替えをしている時にレコードから流れる曲は「シンバリン(Cymbaline)」

カラスが空から迫って来ても隠れる場所もない。傍には羽の破れた蝶が落ちている、という歌詞はロジャー・ウォータースによれば悪夢を歌ったものとのこと。

アコギとボンゴで始まりギルモアのヴォーカルが淡々と進んでいきます。メランコリックな曲調はピンク・フロイドらしい。後半に入るファルフィッサ・オルガンが印象的です。

ここで当然のように男女関係になる二人。ステファンはエステルに勧められて初めてマリファナを吸いますが、派手にむせてしまい彼女に笑われます。


イビザ島での再会と逃避行〜パーティの情景(Party Sequence)

エステルを追ってイビザ島にやって来たステファン。

ホテルにいるはずの彼女は2日前から行方をくらましている。街中を探し回る彼はカフェの相席の相手から、エステルはナチスの残党で島で実業家になっているドクター・ウルフの愛人であると聞かされます。

イライラのピークに達した彼はようやく出会ったエステルに「一体どこにいた!」と怒鳴りつける。

たった一回事があっただけでもう「自分の女」扱いになっているあたり、恋愛慣れしていないステファンの単純さが表れています。

そこは相手を手玉にとることに長けているエステル。あっという間にステファンの機嫌を直させてその夜のパーティに誘います。

 

その夜。篝火の周りに集う人々。

島のミュージシャン達が演奏する設定になっている音楽は、ニック・メイソン作の「パーティの情景(Party Sequence)」という曲。ニックが演奏するボンゴのリズムに当時の妻リンディ・メイソンが奏でるペニー・ウィッスル(リコーダーに似た金属の笛)が’エキゾチックな雰囲気を醸し出しています。

 

「あなたが好き。でもあなたをトラブルに巻き込みたくない」と煮え切らないエステルに、ステファンは真夜中に街を出て島の反対側の一軒家に行こう、二人きりで暮らそう、と説得します。

夜中の3時、ウルフの机の引き出しから盗んだ現金とヘロインの小包をバッグに隠し、エステルはステファンが運転する車で街を出ます。

 

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島の一軒家の生活〜グリーン・イズ・ザ・カラー

圧倒的に美しい海と白い家を背景にステファンとエステルの生活が始まりました。
二人は全裸で日光浴をしたり、泳いだり、釣った魚を炙ったり、屋外で愛し合ったり。

二人にとって幸せの絶頂と言えるこのシーンで流れるのは「グリーン・イズ・ザ・カラー(Green Is the Colour」

青の天蓋と白い太陽の光。
彼女のような人にふさわしいのは緑色。
素早く動く瞳が本心を隠せない。
希望に満ちた者と呪われた者を結ぶ絆は緑の羨望。


希望というより渇望に満ちたステファンと呪われし者エステルでしょうか。
ウォータース作の気だるくメローな曲です。
アコギとピアノ、パーカッション、さらにここでもリンディ・メイソンのペニー・ウィッスルが入っています。ベースの高音が美しい。
やるせない歌詞を歌うギルモアのヴォーカルは限りなく優しく繊細です。

 

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ヘロイン常習者への道〜サイラス・マイナー

二人のところにある日エステルの友人キャシーが遊びにきます。

彼女はエステルとレスビアンのような関係ですが、エステルはステファンに「キャシーは今落ち込んでいるから一緒に寝てあげて」と唆します。落ち込んでるというのは嘘。

ステファンとキャシーの様子を陰から微笑みながら見ているエステル。フリーセックスが時代の性意識だったとはいえ気味の悪い女です。

 

エステルとキャシーの会話で「馬(Horse)」という言葉を聞いたステファンは、それがヘロインを意味する隠語であることを知リます。

キャシーが帰ってからエステルのヘロイン常習が再発。

初めは怒って取り上げようとしたステファンも、エステルの巧みな誘惑に屈し試してみることに。
「なんでそんなに堅物なの?」
「時々やるぐらい全く害がないのに」
そして決め手は「怖い?」と。

ステファンのような若い男にとって「そうだ、怖い」などというのはプライドが許さないことは十分承知の上だから怖い女です。

まるで禁断の実をアダムに食べさせた旧約聖書のイヴのように。

 

一度ヘロインの注射を試したステファンはそれで終わるわけもなく、二度、三度と繰り返すうちに紛れもないジャンキーへと変貌していきます。

呆けたように身を投げ出しマリファナを吸うステファンの「時間という概念がなくなった」という独白。

ここでバックに流れるのは「サイラス・マイナー(Cirrus Minor)」

鳥の鳴き声のサウンド・エフェクト、アコースティック・ギター「夢に消えるジュリア」を思わせるギルモアの囁くような歌声。特筆すべきなのはリック・ライトのファルフィッサ・オルガンで、もの哀しくも荘厳な音色を響かせています。

個人的にはこのアルバムで一番好きな曲です。

小川のそばの教会の庭。草の上や墓地の間を笑いながら駆け抜けていく。
黄色い小鳥は歌い笑いながら飛び去っていく。
川に浸るしだれ柳は川の娘たちに手招きをする。広がる波紋と揺れる葦。

歌詞は英国らしい田舎の風景ですが、現実の描写というよりも幻想的で、映画ではドラッグのもたらす幻覚症状のように使われています。

 

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街に戻る〜モア・ブルース、クライング・ソング

ふとした気のゆるみか、地元の市場に買い物に出たエステルがウルフの手下によってウルフの元に連れ戻されます。

ステファンも結局盗んだ金とヘロインを返すためウルフが経営するバーでバーテン兼ヘロイン売人のような仕事をさせられることに。

「モアのブルース(More Blues)」が流れるのはバーのシーンです。

この曲のギルモアのギターとウォータースのベースは、全然ピンク・フロイドらしくないのですがかなり好きです。残念ながら映画では数秒しか流れません。

イビザ島に来た頃は平凡な大学生だったステファン。今やモッズルックに身を包み、菓子でも売るような気軽さでヘロインを手渡す売人に変身しています。

 

二人は同じデュプレックス(メゾネット)に暮らしていますが、ここの色彩鮮やかなガラスの照明がすごく綺麗。

街に戻ってから二人はヘロインから遠ざかる努力をし始め、代替のLSDに手を出したり、丘の上で結跏趺坐を組んでオーム(聖音)と唱えたりしています。

しかし相手を束縛したいステファンと自由を求めるエステルとの溝が深まり、しばしば諍いをするようになってきます。

そんなシーンの一つのバックになっているのが「クライング・ソング(Crying Song)」

リック・ライトによるヴィブラフォンが美しい曲です。ベース・ライン、
後半のスライド・ギターのソロも好きです。

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最終章〜「感動のテーマ(Dramatic Theme)」

部屋に戻らないエステルをジリジリして待つステファンは、またもヘロインに手を出してしまいます。

ここの音楽は「感動のテーマ」
感動の(Dramatic)というほどドラマチックな曲ではありませんが、「モアの主題」に似たベースがここでもかっこいい。ギターは二重録音で絡み合い美しく決まっています。

ステファンを心配したパリの友人チャーリーが迎えに来ます。
「あの女は二人の男を破滅に追いやった。3人目になりたいのか?」

悪いことは言わない、すぐに離れて自分と一緒にパリに戻ろう、というチャーリーの言葉もまだエステルへの未練を断つことができないステファンには響きません。


やがて帰って来たエステルは禁断症状を訴え、最終的にウルフの屋敷に戻ります。

チャーリーの制止を振り払い、エステルを求めて街に出て行ったステファンは‥‥。


最後に

大昔に深夜放送で見た記憶があるのですが、こういう話だったっけと改めて記憶のあやふやさを改めて認識しました。

各曲が流れている場所を確認するために全編を3回以上見てしまったため、やや食傷気味。


まず主人公の二人が全く共感できない。

直情型で相手を束縛したがり、すぐ手を上げるわりには終始女のペースに乗せられ破滅していく愚かなステファン。

エステルの方は時には男を滅ぼす魔女のようでもあり、自分自身も苦しんでいる意志薄弱な女のようでもあるけど、女性から見てまず友人にはなりたくないイヤな女に違いありません。

このアルバムはピンク・フロイドの作品の中では評価は低いようですが、「モアのテーマ」、「シンバリン」、「サイラス・マイナー」などいい曲も少なくなく、フロイドの幾つかの側面を見せてくれる面白いアルバムだと思います。