ロンドンVixen 60年代ー70年代のロックをひたすら聴く

60年代後半から70年代の黄金期を中心にロック名盤・名曲を聴く

リック・ウェイクマン『ヘンリー八世の六人の妻』―ドロドロ修羅場のお妃たち

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今晩は。ヴァーチャル・パブの倫敦きつね亭です。

 

いきなり本題と全然関係ない話で申し訳ないのですが、昨日家にハミングバードがやって来ました。 

ベランダに面した網戸の辺りに仕切りにぶつかっている飛来物体があって、「やだなー、こんな大きなスズメバチ?」とよく見たらハチではなくハチドリ(ハミングバード)。

生まれて初めて実物を見ました。すごく小さくて一生懸命羽ばたいている様子がすごく可憐。南かリフォルニアや中南米にはいると聞いていたけど、北カリフォルニアの我が家にも来るとは。

写真を撮ろうと思った途端にスイーッと飛んで遠くの木立に消えてしまいましたが、なんだか楽しい気分。

 

さて今晩の名盤は、リック・ウェイクマンの『ヘンリー八世の六人の妻』(1973)です。

リックがイエスのメンバーとして『こわれもの』『危機』を出したあとにリリースされたソロ・アルバムです。

アメリカ・ツアーの際に移動の飛行機で読んだヘンリー八世の本に出てきた妻の一人アン・ブーリンの章を読んだときにかねてから構想していた音楽が脳内でバックに流れ始めてたのがアルバム・テーマ選択のきっかけとなった、とCDジャケにある。

 

ヘンリー八世は16世紀のイギリスの国王で、エリザベス一世の父にあたる人です。

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私がヘンリー八世です。

カリスマ性のあるな国王ではあったが、夫としては最悪の部類で、浮気はやりたい放題、妻の侍女達に片っ端から手をつけるわ。六人の妻のうち2名は追い出され、2名は不義のかどで処刑されています。

リック・ウェイクマン本人の談では、当時ヘンリー八世関連の本を読みあさり六人の妻の一人一人にイメージを膨らませて曲を作ったとのこと。

アルバムにはイエスのクリス・スクワイア、スティーブ・ハウ、アラン・ホワイト、ビル・ブルーフォードを含め、ベーシスト4名、ドラマー3名、ギタリスト3名、パーカッション2名が参加しています。

多くのミュージシャンを起用したのは、「ソロ・アルバムを作る時、同じメンバーで全曲やるっていうのは好きじゃない。同じパターンの曲になっちゃうからね。だから自分が今まで一緒にやってきた優れたミュージシャンにはできるだけ大勢に入ってもらうことにした」のだそうです。

 

各お妃の紹介も含め長くなりそうですが、全曲聴いてみたいと思います。

今日はヘンリー八世の娘で「血なまぐさいメアリー」の異名をとったメアリー一世(エリザベスの異母姉)にちなんでブラディ・メアリーのカクテルで参りましょう。

I. アラゴンのキャサリン(Catherine of Aragon)

キャサリンアラゴン(現在のスペインの一部)国王のお姫様。もともとヘンリー八世の兄のアーサーに嫁いできました。 運悪く兄は15歳でインフルエンザをこじらせて夭折、政治的な理由でヘンリーが兄嫁キャサリンを貰い受ける形になりました。

ところが世継ぎの男子を渇望した王の意思に反して何回かの流産の末に生まれたのは女児ひとり(のちのブラディ・メアリーことメアリー一世)。

国王の関心は徐々にキャサリンから離れ、その侍女だったアン・ブーリンに移ります。キャサリンは追い出され、侍女が王妃の部屋に居座ります。

キャサリンは神への信仰を胸に一人寂しい余生を送ることになりましたが、50年の生涯はヘンリー八世のお妃のなかでは異例の長さと言えます。

 

のっけから、これはイエスのスピンオフかと思わせるクリス・スクワイアのリッケンバッカーの固いベース音とビル・ブルーフォードのドラムのイントロ、リックのオルガン。 

それに続いて華麗で優美はピアノのソロが奏でられます。いかにもクラシック音楽の教育を受けてきた人という印象。ピアノ・ソロの後ろにズン、ズンと入っているクリスのベースも渋くていい。

やがてムーグのグワーグワー音による主旋律。このバックに流れるこれも多分シンセサイザーの薄いベールのような音、時折入るビブラフォンのような合成音が何ともいえない美しさです。

ふたたびピアノ、ベース、バックに女性のコーラス。女性ヴォーカルもこのアルバムにクレジットされていますが、これはメロトロンではないでしょうか?

最後は再びピアノで美しく終っています。寂しい余生だったとはいえ、アラゴンのお姫様の人生らしい優美な曲です。

ちなみにこの第1曲目に、スティーブ・ハウのギターも入っているはずのなのですが、何度か聞き直してもピンと来ませんでした。

II. クレーヴスのアン(Anne of Cleves)

キャサリンの後釜に座ったのはアン・ブーリンですが、このアルバムは年代順になっていません。

第2曲のクレーヴスのアンは第4番目の妻です。デュッセルドルフから嫁いだこの女性は、結婚前に受け取っていた美しい肖像画とあまりに違っていたため、ヘンリー王は「嘘だ!」と叫んで不機嫌になったとか。

ホルバイン作の肖像画を見る限りさして不細工ではありませんが、いまひとつ華がないかも、です。

結婚後すぐに王の関心はクレーヴスのアンの侍女キャサリン・ハワード(八世の妻にはアンが2名、キャサリンが3名。ややこしいですね)に移ったため、結婚後半年で離婚するはめに。その間床入りもなかったらしい。クレーヴスのアンはすんなり離婚を受け入れ、「王の妹」という称号と相当の慰謝料を受け取ってその後17年の余生を経済的に不自由することもなく暮らしました。

 

ジャズタッチの曲で、リックのオルガンが中心になっています。ベースはデイヴ・ウィンターというセッション・ミュージシャンですが、この人のベース・ラインがすごく面白く、リックのオルガン・ソロとうまく絡んでいます。パーカッションもアラン・ホワイトのドラムものっています。面白い曲なのですが、地味なドイツ人花嫁のイメージとどう結びつくのかは分りません。

III. キャサリン・ハワード(Catherine Howard)

わずか19歳で明るく開放的な性格のキャサリン・ハワードにヘンリー王は夢中になりおびただしい数の宝石や土地を与えます。

ところがキャサリン、以前の恋人を秘書がわりに雇い関係を続けていた上に、遠縁にあたる別の男性とも浮き名を流していることが王の耳に入ります。可愛さあまって憎さ百倍、と王様は思ったのでしょう。

キャサリンは最後まで姦通を否定したものの、ウィキペディアによると斬首刑になる直前に「どうせならカルペパー(遠縁の愛人)の妻として死にたかった」と王の前でスピーチをしたといいますから、大したものです。

それにしても数年前に同じく王の寵愛を受けていたアン・ブーリンが姦通罪で死刑になっているのに何で同じことをしますかね。恋は盲目なのか、自分だけはバレないと思ったのか。ちなみに相手の男は記事に書くのをはばかられるような凄まじくグロな方法で処刑される筈のところを、王の慈悲とやらで減刑されて普通の斬首に処せられたとか。

 

この曲は牧歌的で優しいピアノとギターのメロディから始まり、何度か転調しながらピアノ、シンセサイザー、ピアノ、シンセサイザー、と目まぐるしく入れ替わりながらも徹頭徹尾、明るい曲です。

ストローブスの元同僚からデイヴ・カズンズが電子バンジョーで、チャス・クロンクがベースで参加しています。途中のブギウギのパートなど、リック自身かなり楽しみながらピアノを弾いている印象。

凄惨な最期を迎えた女性というよりも、王に寵愛されて愛人も二人いて、人生が楽しくてしかたないという若くて無防備な女の子だった時期の曲に聞こえます。実際、案外あっけらかんとした女性だったのかもしれません。不倫が露見してからも「なんでー?」とか言っているような。

後半に入る鐘の音も葬礼というよりも婚礼の鐘のように明るい将来を示唆しているかのよう。最後に主旋律をメロトロンによるホルンが静かにゆっくりと奏でて曲が終わります。

 

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リック・ウェイクマンのトレードマークは金髪ロン毛とぐるり周囲のキーボード

IV. ジェーン・シーモア (Jane Seymour)

ジェーンはクレーヴスのアンやキャサリン・ハワードより前に妃となった女性です。穏やかで柔和、気の弱い女性であったらしい。

ヘンリ―八世待望の世継ぎである男児を出産したことで王太子の母として大事にされましたが、産褥から回復することなくこの世を去ります。ヘンリー八世と同じ墓に入った唯一の妻です。

 

これはバロックの曲。セント・ジャイルズ・ウィズアウト・クリップルゲート教会のパイプオルガンでJ. S. バッハを思わせる荘厳な曲が奏でられ、チェンバロが入り、オルガンとチェンバロが絡みながら曲が展開していきます。

オルガン、チェンバロにドラムが入っていくのが面白い。後半怒濤のようにシンセサイザーが入るもののバロック音楽から離れず、パイプオルガンとチェンバロの美しい旋律のまま曲が終ります。

ジャンルとしてはロックに部類されるリック・ウェイクマンですが、チェンバロとパイプオルガンのこういう曲、きっとやってみたかったんだろうなと思わせます。

V. アン・ブーリン(Anne Boleyn)

アン・ブーリンはヘンリー八世の最初の妻であるアラゴンのキャサリンの侍女として宮廷に入り国王の寵愛を受けます。王妃になりたいという彼女の要求を王が受け入れたためキャサリンは追い出されます。

そもそも兄アーサーの未亡人だったキャサリンを嫁にしたことをローマ教皇庁は特例として認めていたのですが、この妻を離婚することを教皇庁は認めなかったんですね。

怒ったヘンリー八世はカトリック教会と決別し、これが英国国教会の発祥です。王様のワガママで誕生した教会、何だか有り難みに欠けるといったらイギリス人に怒られるかもしれませんが。

さてアンは同じ年に女児を授かり、男児を切望していた国王を大いに失望させます。この女児こそがのちに英国の黄金時代の君主となるエリザベス一世なのですから皮肉なものです。

さらに彼女自身の短気な性格ときついもの言いも災いして、ヘンリーは今度はアンの侍女だったジェーン・シーモアに心を移します。歴史は繰り返す。王様も懲りない。

結婚から4年目、アンはロンドン塔で処刑されます。罪状は姦通のほかに反逆罪、黒魔術まで入っています。アンはその激しい気性から敵も多かったらしく、本当なのか嵌められたのかは知る由もありません。

6人の中でもとりわけドラマチックな人生じゃないでしょうか。王妃でいたのが約1000日で、『1000日のアン』という映画にもなっています。

 

寂しげなピアノ・ソロのイントロからシンセサイザー、ドラム、ベースがフォルテシモで入り、アンの穏やかならぬ人生の先行き表しているようです。

やがてメロトロンとベースをバックに美しいピアノソロ。女性コーラスから数小節は彼女の人生の絶頂期、シンセサイザーの長いソロが波瀾万丈の人生を思わせます。やがてシンセサイザー、ドラム、鐘の音で死が訪れます。 

そのあとにピアノの心安らぐメロディにのせて女性ヴォーカルの賛美歌。リック・ウェイクマンアン・ブーリンの葬式に参列している場面を夢に見て、その時聞こえた賛美歌を曲に落とし込んだとか。ただし16世紀当時の英国には賛美歌のようなものは存在しなかったと後で調べて分った、と語っています。

VI. キャサリン・パー(Catherine Parr)

ヘンリー八世が52歳のときに娶った最後のお妃です。

馬上試合の傷の後遺症に苦しむ王を看護し、安らぎを与えたり時には笑わせたりする一方、これまで宮廷になかった調和のために尽力したと書かれています。

最後はこの后に看取られてこの世を去りますが、王様は最後にいい奥様を娶りましたね。継子メアリー、エリザベス達にも優しく、慕われていたといいます。

王の死後、昔の恋人だったトーマス・シーモア(ジェーンの兄)と結婚しますが、女児出産後に産褥熱で死去しています。

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顔も6人中一番可愛らしいような気がします

これもドラマに富んだ曲。IIと同じデイヴ・ウィンターの特徴のあるベース、いかにもアラン・ホワイトらしいドラム、オルガンのイントロからオルガンのソロ、叩き付けるようなピアノと混成合唱と目まぐるしく変化します。

そのあとにどこかで聞いたようなメロディがシンセサイザーで繰り返される。どこかで聞いた旋律なのにどこで聞いたか思い出せない、と焦っているうちにドラム、ベース、ピアノ、メロトロンによる鐘をフィーチャーした数小節。

シンセサイザーによる木枯らしのよう切り裂く音のあとに、小川の水を思わせるピアノ美しい音色。またまたどこかで聞いメロディが出て来て何だったっけと思っているうちに曲はクライマックスを迎えます。

 

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長い記事になりましたが、もしここまで読んで下さった方がおられたら深謝いたします。

ギター、ベース、ドラムといった楽器のプレーヤーがジャズ、ロック、ブルースといった軽音楽からスタートしているのに対し、キーボード・プレイヤーには子供のころからピアノを習っていた、とか音楽学校で教育を受けたなどクラシック音楽を基礎からやっている人が多いですね。リック・ウェイクマンもその一人。ロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージックに在籍しピアノとクラリネットを学んでいます。

このようなロックの世界に入ったピアニスト、キーボードプレイヤーってクラシックの分野の人からはどのように見えるのか、ちょっと興味があります。邪道なのか、テクニック的には劣るのか、あるいは面白いものなのでしょうか。