ロンドンVixen 60年代ー70年代のロックを聴く

60年代後半から70年代の黄金期を中心にロック名盤・名曲を聴く(時々乱読)

田園、羊達の阿鼻叫喚、死刑執行人 ストローブスの「魔女の森から」

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今晩は。バーチャル・パブの倫敦きつね亭です。


今夜の名盤は「魔女の森から(From the Witchwood)」にいたします。
ディクソン・カーの小説に似ている?惜しい、それは妖魔の森です。
どちらかといえばブレアウィッチ・プロ‥‥いえホラー映画の話は止めておきましょう。

 

ストローブスはデイヴ・カズンズをリーダーとするバンドですが、このアルバムに参加した最も有名なメンバーはリック・ウェイクマンでしょう。
魔女の森から」はリックがイエスに参加する直前のアルバムということで日本でもそこそこ知られているのではないでしょうか。

 

今日のお飲物はダーク・エールでいかがでしょうか。

英国の田園風景

まずこのアルバムの特色は、非常に数多くの楽器が使われている点です。

6弦アコースティック・ギター、12弦アコギ、エレキ・ギター、ベース、ドラムスはもちろんバンジョーダルシマー、マウンテン・ハープ、シタール等。
ウェイクマンのキーボードだけでも、ピアノ、オルガン、ハープシコード、メロトロン、ムーグ・シンセサイザー、クラヴィネットチェレスタが使われています。


これらの楽器を駆使して描き出されるのは、イギリスの田園、それも産業革命前の農村地帯なんですね。

たとえば第1曲目の「僕は天国を見た(A Glimpse of Heaven)」で歌われている天国というのは、緑のパッチワークに覆われた丘陵、崩れかけた石の塀、小川の流れといったイギリスの伝統的な田舎の景色。

この曲ではアコギ、オルガンが基調ですが、川面に踊るキラキラした光の玉を表現するかのようにチェレスタが可愛らしい音色を奏でています。

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表題曲「魔女の森(Witchwood)」は、森の奥深く入り込んだ男が森の魔女が歌う美しくも妖しい歌声を聞いて木に変えられ、森の一部にされてしまうというゴシック・ファンタジー。

ウェスタンによく使われるバンジョーによるイントロとダルシマーが不思議にも、この曲から連想されるケルトというかドルイドというか、キリスト教が普及する以前のイギリスの暗い森の光景を違和感なく表現しています。

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後半の「羊飼いの歌」では、アコギ、ピアノ、メロトロン、チェレスタシタールで牧歌的な世界を創造し、「羊飼いの銀のトランペットが雨雲を吹き飛ばしてくれた」という歌詞に呼応してムーグ・シンセサイザーがトランペットに似た音を出しています。

シープ(Sheep)―羊たちの阿鼻叫喚地獄

初めて聴いたストローブスの曲はこの「シープ」で、何といってもその凄惨さに圧倒されました。
歌詞は農家の一家が自分んちの羊を屠殺場に連れて行く話が、農家の少年の視点で描かれています。
今もイギリスの地方で行われているのかは不明ですが屋外の家畜市場が屠殺場を兼ねているようで、柵から出された羊の戸惑いと怯え、棒で追い立てる大人達、パニックになった羊の右往左往、容赦なく羊を追い込んでいく牧羊犬たちの手際よさ、断末魔の悲鳴、重なり合っていく死骸、血が溝に流れ出していく様子が直裁に描かれます。

「ドナドナ」のような視聴者の想像力を喚起する余地は全くありません。

リックの凄まじい迫力のオルガンはこの強烈な曲にまさにふさわしい。オルガンの奔流が畳みかけ、羊たちを呑み込んで殺戮していくイメージです。

曲の前半で主人公の少年は気分が悪くなりながら「どうして彼等が単なる動物にすぎないなんて思えるんだ」と考えます。

ムーグとオルガンによる間奏をはさんだ終盤にはまわりの大人達の様子を観察する余裕が出てきたようです。

無表情で屠殺を見ている大人たち自身が羊と同じ愚かな存在に思えて、彼等にも哀れみを感じはじめた、となかなか冷めた子供です。

最後は「大人になったら牧畜はしない。愛という名の種を蒔いて幸せの実を刈り取るんだ」という夢がメロトロンとアコギの柔らかなメロディで語られます。

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(写真は投稿内容と直接関係ありません)

死刑執行人が処刑するのは誰?

「シープ」とならんでショッキングな内容がこの「死刑執行人の涙(The Hangman and the Papist)」です。


王の命令に背きカトリックの信仰を捨てることを拒んだ信徒が村で処刑されることになる。

処刑台が村の広場に設置され、くじ引きで村の若者が死刑執行人の役割をすることになった。若者は直前まで誰が処刑されるかを知らされていない。

執行人の恐ろしい仮面をつけ、いざ自分の前に引き出された罪人を見たとき彼の顔は蒼白になる。毅然とした様子で立っていたのは彼自身の弟であった。

必死に嘆願する執行人の願いも空しく、すみやかに処刑せよとの命令が下る。青年は涙を流しながら血を吐くようように「神よ許したまえ、あなたの御名のもとに彼を処刑します。神よ許したまえ、あなたの御名のもとに彼を処刑します」と繰り返す。といった内容です。

 

ここでも冒頭からオルガンの効果が半端なく発揮され、デイヴ・カズンズの迫力のボーカルと相まってストローブスを代表する印象深い曲となっています。

中盤から不思議な音が入っていて、YouTubeの画像を見るとキーボードの上を塵取り用コロコロのようなものを転がしていました。

きつね亭はキーボードに明るくないので、リック・ウェイクマンが何をどう使っていたのか分かりませんでしたが、もしご存知の方がここをご覧になったらお教えください。

 

アコギとピアノ、そしてハーモニー

このアルバムを通じてアコースティック・ギターの美しい曲が多いのですが、秀逸なのは前半の「空には夢が(Flight)」と「人生はバラの花(In Amongst the Roses)」。


両者ともにアコースティック・ギターアルペジオとハーモニー、ピアノのコンビネーションがすばらしい。


Flight」のほうはベースの動きにも注目。ベースの高音がきれいに入っています。


In Amongst the Roses 」は廃屋に咲き乱れるバラを摘もうとしている少女に、バラが優しく語りかけるという幻想的な曲。この曲はドラムスを入れず、アコギ、ピアノ、ベースがハーモニーを柔らかく包み込んでいます。

 

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ムーディ・ブルースの曲を連想させるのは、メイン・ボーカルがジャスティン・ヘイワードの声質に似ているからかもしれません。

結論

ブリティッシュ・フォーク、ケルティックプログレの要素を合わせもった曲を、多種多様な楽器を使って表現しているアルバムです。


農村、緑の丘陵、牧場、森が舞台で、前世紀の英国の田舎における美醜合わせもった人々の営みが各曲ごとに短編小説のように描かれています。


物語り世界としてはケン・フォレットの小説にも通づるものがあり、イギリスの地方風土などが好きな日本人には向くのではないでしょうか。

 あ、そうそう、久しぶりにパブ飯はいかがですか?

特性のシェパーズ・パイできますよ。ラムのミンチにマッシュポテトを乗せた本場のパイです。え、羊はいらない?

そうですか‥。ではカッテージ・パイはどうでしょう?こちらは子牛のミンチです。同じ事だ?失礼しました。ではまた次回という事で。